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ワイヤレス電力伝送(WPT)整流ダイオード ~真のワイヤレス社会に向けて~あらゆるものをワイヤレスでつなぐ 第6回

06. ワイヤレス電力伝送(WPT)整流ダイオード

真のワイヤレス

現代は様々なワイヤレス機器があります。
ところが、まだ1つ皆さんを悩ませる大変不便なケーブルが残っています。
それは電源ケーブルです。バッテリーへの充電をするためにはこのケーブルがまだ欠かせません。

すでに“置くだけ充電”などと呼ばれる接触型(近接型)ワイヤレス充電機器がありますが、電源コンセントから充電機器のあいだはケーブルが存在します。
このケーブルがなくなれば、“真のワイヤレス”と言えるのではないでしょうか?

この電源ケーブルをなくすための技術がワイヤレス電力伝送です。
空間伝送型ワイヤレス電力伝送では、5m以上の遠距離まで電力を送り届けることができるのです。

テーブルの上に置かれたデバイス

この離れたところに電力を送るには電波の力を用います。電波というと、テレビや携帯電話、Wi-Fiなどでおなじみのように、離れたところに信号を送ることができます。また電子レンジも箱の中で、電波(マイクロ波)を利用して食品を温めています。空間伝送型ワイヤレス電力伝送も、この電波の応用の一つです。

実は大学やメーカー等の研究機関では、以前からこの空間伝送型ワイヤレス電力伝送の研究開発が盛んに行われてきました。
日本では2022年に、電波法(電波の利用に関する法律)が一部改正され、電波をワイヤレス電力伝送に用いることができるようになりました。

まだまだ規制が多くスマートフォンの充電などに使えるレベルではないですが、実績を積み重ねていくうちに皆さんの生活が便利になるように改正されていくことでしょう。将来的には、部屋のどこかに置いておくだけでスマートフォンが充電されているような、“真のワイヤレス”の時代を切り拓く一助となることを目指しています。

離れたところに電力を送る電波
電子レンジの電波(マイクロ波)
未来の家庭でのWPT活用イメージ
未来の家庭でのWPT活用イメージ

空間伝送型ワイヤレス電力伝送(マイクロ波方式WPT)

ワイヤレス電力伝送は英語でWireless Power Transferといい、WPTと略されます。
空間伝送型WPTは電波(マイクロ波)を用いることから、マイクロ波方式WPTとも言われます。

このマイクロ波を発生させて送る装置を送電器、端末等にとりつけマイクロ波を直流電力に変換する装置を受電器と呼びます。
携帯電話の基地局と、端末(スマートフォン等)と同じような関係ですね。

この送電器は、マイクロ波を発生・増幅させる回路と、マイクロ波を空中に放射するアンテナで構成されます。

送電器のブロック図の例
送電器のブロック図の例

送電器から放射されたマイクロ波は空中で広がろうとする性質があります。そのため電力が分散されてしまい、受電器に到達するころには、送電された電力の1/100程度になってしまうケースもあります。

これを改善するために、多くのアンテナを並べることで大きな電力を送ることができ、さらに目的の方向にだけマイクロ波を放射するコントロール(ビームフォーミング)もできるようになります。このビームフォーミングは携帯電話の5GやWi-Fi 6Eでも用いられている技術です。

ビームフォーミングのイメージ
ビームフォーミングのイメージ

一方で受電器は、マイクロ波を受けとるアンテナと、受けとったマイクロ波を直流電力に変換する整流回路、その直流電力をバッテリー等への充電を行うよう電圧を安定化するDC-DCコンバータ―で構成されます。アンテナ(Antenna)と整流回路(Rectifier)をまとめてレクテナ(Rectenna)と呼ぶこともあります。

受電器には、入ってきたマイクロ波をなるべく損失なく直流電力に変換することが求められます。この入ってきた電力で取り出す直流電力を割った値((Vout × Iout) / Pin)を整流効率(η)と呼びます。
整流効率が高いほど大きな電力が得られることから受電器に接続する機器への充電も早くなり、さらに損失も少ないことから発熱も少なくなります。

レクテナのブロック図の例
レクテナのブロック図の例

現在の日本の電波法で許可されているWPTの周波数は920MHz帯、2.4GHz帯、5.7GHz帯の3種類です。現在の法制化では920MHz帯は送電電力が1W以下と小さいですが、屋内の人がいる環境下での使用が許可されています。一方で2.4GHz帯、5.7GHz帯はより大きな電力を送ることが認められていますが、屋内の無人環境下でのみでの使用に制限されています。

日清紡マイクロデバイスでは、マイクロ波方式WPTの下記部品の研究開発を行っています。

  • 高効率でビームフォーミングに向いた送電器用パワーアンプ(PA)
  • 受電器用の整流器
  • 受電器用のレクテナモジュール
  • 受電器用のDC-DCコンバータ

本コラムでは、受電器用の整流器について説明していきます。

WPT整流器の開発

日清紡マイクロデバイスは、2023年から金沢工業大学の伊東健治研究室と共同研究を行っています。伊東研究室では、過去の研究において5.7GHz帯整流器で世界最高効率を達成し、非常に多くの整流器およびアンテナの設計ノウハウを持っています。
当社は長年GaAsデバイスを製造していることから、この整流器に適したGaAsデバイスを開発することができます。両者力を合わせて開発することによって、WPTの受電器に最適な整流器を作ることができると考え、共同研究を開始いたしました。

整流器に必要なデバイスはダイオードです。WPTの整流器に求められるダイオードの性能は以下になります。

  • 低順方向電圧(Vf) ・・・ 電力が小さいマイクロ波も整流できる
  • 高逆方向耐圧(Vbr) ・・・ 高い電力のマイクロ波が入っても壊れない
  • 低寄生容量(CT) ・・・ 高い周波数でも高性能

いままで、このようなWPTに向けて開発されたダイオードは、世界の半導体メーカーからほぼ市販されていませんでした。

  • 当社のWPTの整流用ダイオードについて、簡単に紹介します。
    これはコラム第2回でも紹介しているGaAs HJFET(pHEMT)をもとにし、FETのドレインとゲートを接続した形のダイオード(Gated Anode Diode)の構成としています。
    FETがもととなっていることから、当社で多くの製品を生産しているFETの製造技術を使うことが出来ます。

    当社のHJFETはドレインとソースの間に流れる電流を遮断するゲート電圧、いわゆるしきい値電圧(Vth)を調整することが可能です。このしきい値電圧(Vth)を0V付近に調整することで、ほぼ0Vから順方向電流が立ち上がる高感度のダイオードを作ることが出来ます。

  • 当社GaAs Gated Anode Diode概略図
    当社GaAs Gated Anode Diodeの概略図と特性例

さらにHJFETは20V以上の高耐圧を実現することができます。このため大きな電力が入ってきた際に壊れないダイオードを実現できます。またGaAsのHJFETはもともとSiに比べて寄生容量が小さく、高周波に向いたデバイスです。現在の電波法で使用を許可されている5.7GHz帯でも十分な特性を得ることが出来ます。

以上説明したように当社のGaAs技術で作ったダイオードを用いれば、WPTに最適な整流回路が実現できます。
この当社の技術と、金沢工業大学のレクテナ設計ノウハウを組み合わせ、下記2つの整流器ICを試作しました。

  • 5.7GHz帯1~5W整流器
  • 920MHz帯1mW整流器

この時の研究成果は当社Webリリース記事にも掲載されていますので、そちらを参考にしてください。簡単に表すと、先ほど説明した低しきい値電圧と高い逆方向耐圧のダイオードのおかげで、従来のものより広いダイナミックレンジ(使用可能な電力範囲)を持った整流器を実現することができました。

当社試作の整流器チップ
当社試作の整流器チップ

この研究成果は下記の学会等にて金沢工業大学と連名で発表しています。

  • 電子情報通信学会 総合大会(2024年3月 広島大)[1] [2]
  • 電子情報通信学会 マイクロ波研究会(2024年2月、4月)[3] [4]
  • IEEE WPTCE2024(2024年5月 京都大学)[5] [6]

WPTの普及に向けて(ダイオードの開発)

マイクロ波方式のWPTの普及には法整備をはじめとして様々な課題があります。その課題のひとつが、WPTに適したダイオードや整流器ICの量産品がないことです。 このことから、私たちはWPTに適したダイオードを量産化することで、世界にWPTが広まっていくことへ貢献していきたいと考えました。

当社では前述の整流器ICを開発しましたが、まだ多くのメーカーで様々な形での整流回路を試している状況であり、整流器ICをそのまま使うケースは少ないと判断します。そこで、この整流器ICからダイオードの部分だけを切り出した形で、ディスクリートダイオードを量産化することといたしました。

  • NT9000HDAE4Sブロック図と外形イメージ
    NT9000HDAE4Sのブロック図と外形イメージ
  • アノードとカソードを互い違いに配置した2個入りのダイオード単体のチップを1.2mm□の樹脂パッケージに封止したディスクリート製品としました。現段階では小ささより扱いやすさを優先し、端子ピッチ0.5mmの4PINのパッケージとしています。

    ダイオードのサイズは1Wクラスと、1mWクラスでそれぞれ2種類の合計4種類用意し、整流器を検討するユーザーが様々な用途で使用を検討できるようにいたしました。

これらのダイオードを用いて整流回路を設計する際に必要なSPICEモデルやアプリケーションノートも準備して、万全なサポートをいたします。また整流回路のインピーダンスとアンテナのインピーダンスを直接整合することで、入力整合回路を不要とした高い性能が得られるレクテナの研究成果もあります。[7]

ディスクリートダイオードであれば、さまざまな整流回路を構成することもでき、またWPT以外の高周波の回路での用途にも応用することが可能です。
当社は数少ないGaAsメーカーの1社として、今後の小型化・高性能化への要求に応えらえるよう研究開発を継続しWPTの普及に少しでも貢献していきたいと考えています。

WPTの未来

マイクロ波方式のWPTは、遠距離へ電力を送ることができる特徴があります。このため、冒頭に述べた電子機器への充電だけでなく、いままでなかった様々な用途への展開が期待されています。

  • 離島などの島と島の間や災害発生時など電線設置が難しいところへの送電
  • 充電のための着陸が不要になるよう飛行物体へ送電する、飛び続けるドローンの実現
  • 人工衛星で太陽光発電し地上へ電力を送電する、宇宙太陽光発電システム
  • 宇宙空間や月面に設置される太陽光発電所から、宇宙空間の作業機器への送電等の宇宙開発利用
  • Future of WPT 1
  • Future of WPT 2

上記のなかでも、宇宙太陽光発電システム(SSPS: Space Solar Power Systems)はJAXA(国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構)を中心に日本国内で盛んに研究されている分野の一つです。発電時にCO2排出がなくクリーンなエネルギーであることから、地球温暖化問題や環境汚染問題など現在地上の発電所で抱える様々な課題をクリアできるため、将来の再生可能エネルギーとして期待されています。

SSPSに当社のWPT整流器の技術がすぐさま使えるレベルではありませんが、将来の技術開発へ貢献できるよう地道な研究開発を続けていきます。

SSPSのイメージ

(第7回につづく)

2026年3月10日公開

  • [1] Gaku Kato, Takamasa Kono, Yuya Hirose, Naoki Sakai, Kenji Itoh “Expanding the dynamic range of rectifier MMIC by changing the threshold of GaAs GAD2024 IEICE General Conference, Hiroshima, Japan, March 2024, C-2A-33
  • [2] Taiki Hirase, Yuya Hirose, Tsukasa Hirai, Gaku Kato, Takamasa Kono, Naoki Sakai, Kenji Itoh “High dynamic range 920MHz band rectennas with the low threshold voltage GaAs GAD2024 IEICE General Conference, Hiroshima, Japan, March 2024, C-2A-38
  • [3] Taiki Hirase, Yuya Hirose, Tsukasa Hirai, Gaku Kato, Takamasa Kono, Naoki Sakai, Kenji Itoh, “High Dynamic Range 920 MHz Band Low Power Rectenna with Low Threshold Voltage GaAs GADsIEICE Technical Report MW2023-179(2024-02) pp.25-29
  • [4] Yuya Hirose, Gaku Kato, Takamasa Kono, Naoki Sakai, Kenji Itoh “A high-dynamic range 5.8GHz band 1W rectifier MMIC with low threshold voltage GaAs GADsIEICE Technical Report WPT2024-1, MW2024-4(2024-04) pp.18-24
  • [5] Yuya Hirose, Gaku Kato, Takamasa Kono, Naoki Sakai, Kenji Itoh “A High-Dynamic Range 5.8 GHz Band 1 W Rectifier MMIC With Low Threshold Voltage GaAs GADs2024 IEEE WPTCE, Kyoto, Japan, 2024, pp.861-864
  • [6] Taiki Hirase, Yuya Hirose, Tsukasa Hirai, Gaku Kato, Takamasa Kono, Naoki Sakai, Kenji Itoh “High Dynamic Range 920 MHz Band Low Power Rectenna with Low Threshold Voltage GaAs GADs2024 IEEE WPTCE, Kyoto, Japan, 2024, pp.865-868
  • [7] Naoki Sakai, Kenji Itoh “Design Methodology on 920MHz Band Low Power Rectennas for BeginnersMWE2025, Yokohama, Japan, November 2025, TH4B-3

執筆者プロフィール

  • Author

    加藤 岳

    当社RFデバイスで20年以上の製品設計に従事。世界最高レベルの低雑音を実現したLNA等を開発。お客様に喜ばれる小回りの利く製品開発をモットーとして、特出した製品の創出に日々精進している。本Webコラムの代表者。

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