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日清紡マイクロデバイスのGaAs半導体製品の歴史 ~GaAsにも歴史あり~ (前半)あらゆるものをワイヤレスでつなぐ 第2回

02. 日清紡マイクロデバイスのGaAs半導体製品の歴史 ~GaAsにも歴史あり~ (前半)

日清紡マイクロデバイスの前身のひとつである旧新日本無線では、1995年にGaAs半導体製品(集積回路IC)の一般販売を開始しました。

一般販売の第一弾は、RFスイッチでした。入口が1つで出口が2つの信号経路を切り替える高周波用のスイッチです。
トランジスタはMESFET (※1) という構造を採用していました。

※1 GaAs MESFET (Metal-Semiconductor Field Effect Transistor)

MESFETは電界効果トランジスタ (FET) の一種で、FETのゲート構造はゲート配線金属とGaAsチャネル界面に形成されるショットキー接合となり、ジャンクションFETを構成します。 FETのドレイン-ソース間のチャネル部分はイオン打ち込みによって形成され、通常はキャリアの高速性を活かせるnチャネルFETとなります。

GaAs MESFET

このRFスイッチは、当時の日本でブームとなっていたPHSに搭載されました。1.9GHz帯を使用するPHSはGaAs MESFETの得意とする周波数帯域であり、当時PHS用のスイッチといえばGaAs半導体かPINダイオードくらいでした。しかし、消費電流の多いPINダイオードは低消費電力動作するGaAsのRFスイッチに次第に淘汰されてしまいました。

PHSシステムはいまでも病院や企業の構内PHSなどで活躍していますが、当時の若者には「ピッチ」という愛称で呼ばれ、日本の街中は携帯電話に比べて小型で安価なPHSを利用している人であふれていました。

  • このあとも当社のGaAs半導体は製品分野を増やしていき、RFスイッチだけでなく、パワーアンプやドライバーアンプ、ローノイズアンプ、ミキサー(周波数変換器)、それらの複合製品を開発・製造していきました。さらに活躍の場はPHSだけなく携帯電話、GPS機器などに拡大していきました。

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そして2000年台に入り、HJ-FET (※2) およびHBT (※3) といった新しいトランジスタ構造を採用した製品を開発しました。これらの新しいトランジスタ構造は、GaAs半導体製品の高性能化に寄与し、2000年台より順次リリースしています。

※2 GaAs HJFET (Hetero-Junction Field Effect Transistor)

HJFETは高電子移動度トランジスタと呼ばれ、これもFETの一種ですが、MESFETに比べてチャネルの構造が複雑になります。簡単に言えばキャリアを供給する電子供給層と、キャリアが走行するチャネル層が異なる組成のエピタキシャル層で分離されたFETです。ゲートはMESFETと同様にショットキー接合です。

HJFETの特徴は電子供給層とチャネル層の界面に発生する二次元電子ガスと呼ばれる電子層を作り電子移動度を高め、高周波特性(遮断周波数、雑音指数)とチャネル抵抗低減の効果が得られることで、これらはMESFETよりも優れた特性を示します。
当社ではRFスイッチやローノイズアンプに適したnチャネルHJFETと、制御回路に有用なpチャネルHJFETを有しており、単一チップ上にロジック回路と高周波アナログ回路をコンパクトに搭載することができます。

GaAs HJFET

※3 GaAs HBT (Hetero-Junction Bipolar Transistor)

GaAs HBTはバイポーラトランジスタ (BJT) の一種ですが、当社では基板にGaAsを使い、コレクタ層、ベース層そして エミッタ層をそれぞれ異なる組成のエピタキシャル層を積層させて、n-p-n構造のBJTを形成しています。

BJTの高周波特性、特に遮断周波数 (fT) を高めるためにはシリコンでも同様ですがベース層の厚みを薄くしてキャリアの走行時間を短縮すること、そして電流増幅率 (hFE) 向上目的でエミッタ注入効率を上げるためにベース層の濃度を下げることです。ところがベース層の厚みを薄くして更に濃度を下げてしまうとベース抵抗が増加して、これが最大発振周波数 (fmax) を高めることの阻害要因になってしまい、従来のBJTではfTおよびhFEに対し、fmaxの両立にトレードオフが存在しました。

GaAs HBTではこのトレードオフを解決するために、エミッタにベースよりもバンドギャップの大きなエピタキシャル層を採用し、エミッタ-ベース間をヘテロ接合という状態にします。これによりベース抵抗を低減させるためにベース濃度を上げても、エミッタ注入効率を低下させることなくhFEを維持し、fmaxを高くできるBJTが実現しました。

ヘテロ接合を利用したBJTとしてシリコン系ではSiGe HBTがあり、半導体素材が異なりますがfT改善手法はGaAsと同様です。ただGaAs HBTプロセスの場合は電子移動度がSiより高いということに加え、高抵抗基板上に素子を形成するため、HBTはもとより全ての素子でリーク電流や寄生容量の低減ができ高周波用途に適したプロセスです。

GaAs HBTの用途としては、素子レイアウト面積当たりの電流密度をHJFETよりも高くできるため、大電流を消費するデバイスの面積を小さくできるため、当社ではパワーアンプ製品で採用しています。

GaAs HJFET

また「GaAs半導体の特性は良いが静電気に弱そう」、これがRFデバイス選定時のセット設計者を悩ませていました。当社では、独自の技術を用いた保護ダイオードを開発し、静電気に強いGaAs半導体製品を実現しました。これにより、お客様のセット基板上での静電対策を削減可能とし、安心安全な製品につながっています。この保護ダイオード搭載製品も2000年台より順次リリースしています。

一例としては、地上デジタルテレビのチューナーのフロントエンドに用いるゲイン切り替え機能付きローノイズアンプへ保護ダイオードを内蔵し、外部に接続する保護回路と併せてお客様へ提案することでIEC-61000-4-2規格の15kVの耐圧をクリアした製品もあります。この保護ダイオードの技術のおかげで、高い静電気耐性が必要な地上デジタルテレビ向けのローノイズアンプとして広く採用されています。

さて、今回はここまでにします。次回の当社GaAs半導体製品の歴史後半ではパッケージを中心にお話しします。

第3回につづく)

2023年3月7日公開

執筆者プロフィール

  • Author

    池中 一成

    自動車電話の時代から通信用ICの企画・設計に従事し、RFデバイスの研究・開発のスペシャリスト。無線通信システムにも造詣が深く、永年培った豊富な知識と経験から社内での技術的な指導でも絶大な信頼を集める。

  • Author

    加藤 岳

    当社RFデバイスで20年以上の製品設計に従事。世界最高レベルの低雑音を実現したLNA等を開発。お客様に喜ばれる小回りの利く製品開発をモットーとして、特出した製品の創出に日々精進している。本Webコラムの代表者。

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