RFスイッチ (高周波スイッチ) ~ありのままのRF信号を伝えたい~あらゆるものをワイヤレスでつなぐ 第5回

RFスイッチ (高周波スイッチ) はRF信号 (高周波信号) の信号経路を切り替えるために用いるスイッチです。RF信号は通信規格や周波数帯域ごとに構成された適切な信号経路に切り替えられなければ、正常な通信を行うことができません。
例えばスマートフォンには5GやWiFi、Bluetoothといった様々な通信規格のRF信号を取り扱うことができますが、それぞれの通信規格や周波数帯域に対応したフィルタリングや増幅を行う経路を複数有しています。さらに送信経路と受信経路が異なる場合もあり、限られた数のアンテナを介して送受されるRF信号を切り替えるために多くの切り替え経路を有するRFスイッチや、複数のRFスイッチが必要になります。
下図は第1回 RFデバイス連載コラムのイントロダクションにて掲載された、RF信号を取り扱うブロックを簡略化したものです。

この図に示されるRFスイッチは、受信モードではアンテナからフィルターを通ってきたRF信号をLow Noise Amplifier (以下LNA) 側へ通過させ、Power Amplifier (以下PA) 側へのRF信号は遮断し、漏れさせないことが求められます。
そして送信モードでは、送信側から送られてきたRF信号がPAで増幅され、RFスイッチとフィルターを通ってアンテナへ伝達し、アンテナから空中へ放射されます。
PAからの出力電力は受信モードでRFスイッチへ入力されるRF信号電力より大きいため、送信モードでは特に受信側へRF信号が漏れない特性が求められます。
RFスイッチの構成について
RFスイッチの構成は入力と出力それぞれの端子数で表現され、最もシンプルな1入力1出力構成はSingle-Pole Single-Throw (以下SPST)、2経路を切り替える場合の1入力2出力構成はSingle-Pole Double-Throw (以下SPDT) と呼ばれます。
日清紡マイクロデバイス株式会社では、このSPDTからSP6T、2入力2出力を切り替えるDouble-Pole Double-Throw (以下DPDT) など多数のラインナップを取り揃えております。
そしてRF信号を通すRFスイッチは、いかに信号を劣化させずにそのまま通すことができるかという性能が要求されます。 具体的には、電力の挿入損失、通過経路からの漏れ電力を表すアイソレーション、信号の歪を表す高調波歪特性や相互変調歪特性、スイッチングスピード等がRFスイッチの能力を表現するための主なRF特性項目です。

RFスイッチの構成図例
RFスイッチは他のスイッチICと何が違う?
スイッチICにも様々な種類の製品があり、ターゲットとするアプリケーションにより機能や特性が異なっています。
例えば当社製品にもUSB電源ラインのON/OFFや電源の分配制御を行うスイッチIC、アナログ信号経路を切り替えるためのアナログスイッチIC、音声信号の経路を切り替えるためのオーディオスイッチICなどがラインナップされています。
では例えば、前述したアナログスイッチICでRF信号の経路の切り替えできるかというと、基本的にはできません。おそらく、RF信号用途でないアナログスイッチICにRF信号を入力しても出力電力はほとんど得られないでしょう。これはアナログスイッチICがONしている経路の抵抗成分となるON抵抗がRF信号切替スイッチとしては大きいためです。
まず、RF信号を取り扱う伝送路は50Ωの特性インピーダンスで伝送されます (映像系は75Ω)。 そのため、信号源の出力インピーダンスと負荷インピーダンスともに50Ωで送受信されます。
この50Ω系の伝送路に直列に接続されたスイッチICのON抵抗が、仮に数100Ωもあるとすると負荷抵抗との分圧によって負荷で得られる電圧はかなり小さくなってしまいます。 もし50Ω系で使用するRFスイッチの挿入損失 (Insertion Loss) を0.5dB以下に抑えたいとしたら、スイッチICのON抵抗は6Ω程度以下でなければなりません。
50Ω系でのON抵抗による損失の計算例
しかしこれは抵抗成分のみを考えた場合の値であり、実際にはスイッチの通過経路の寄生インダクタンスと寄生容量の影響も考慮しなければなりません。
数100MHz~数GHzの高い周波数となるRF信号は、様々な物理要素が寄生インダクタンス・寄生容量となり、その伝送に影響を受けます。
切替機能を実現しているFET (Field Effect Transistor) のチャネルやドレイン、ソースと半導体基板との間に発生する空乏層容量でさえRF信号の伝送電力を損失させます。
それだけでなく、RFスイッチとして機能するFETのドレイン-ソース間配線の寄生容量や空間結合によるフリンジ容量など様々な容量がRFスイッチのOFF容量としてRF信号の損失の原因となります。
そのような電力損失の原因となる寄生成分を抑制しつつ、低いON抵抗を備えるICがRFスイッチです。

シリコンFETの各部の寄生容量
RFスイッチのデバイス
RFスイッチは前述の通り、寄生成分を抑制しつつ低いON抵抗を実現できるデバイスが要求されます。
もともとRF信号切り替えにはPINダイオードが使用されていましたが、MESFETの登場によりGaAs半導体のRFスイッチが取って代わり、さらにHEMT※の登場でより一層の高性能化を実現するという経緯はRFデバイス連載コラム 第2回の通りです。
(※HEMT:HJFETと同義であり、第2回のコラムでは、HJFETで説明。)
ではなぜHEMTを使用することで高性能なRFスイッチを実現できるのでしょうか?
電子移動度
まず挙げられるのは、HEMTの電子移動度が非常に高い点です。
FETのON抵抗はキャリアの移動度が高いほど低くなります。そしてHEMTの電子移動度はシリコン系半導体のそれと比べて非常に高いため、同程度のFETサイズでもHEMTの方が低いON抵抗が実現できるということになります。低いON抵抗を小さなサイズのFETで実現できるため、FETの寄生容量も小さくなることでさらなる伝送損失の抑制に寄与します。
半導体抵抗
次に挙げられるのは、GaAs半導体基板の高い抵抗率です。
シリコン系の基板の抵抗率は半導体と言われる通り、絶縁体と導体の間程度というのが一般的です。しかし実際には不純物がドーピングされるため抵抗率は純粋シリコンと比べてさらに低くなります。
それに対してGaAs基板は半絶縁体と呼ばれるほど高い抵抗率を有しています。基板の抵抗率が高いと、FETや配線とGaAs基板との間の寄生容量へ流れる電流がGaAs基板の高い抵抗値によって制限されるため、対基板損失が抑制されます。
主にこれら2点の優位な特性を持つため、高性能なRFスイッチにHEMTが使用されるのです。
しかしシリコン系デバイスも大きく進歩しており、短ゲート長化や寄生容量の抑制などの効果によりRFスイッチとしての性能が飛躍的に上がりました。近年ではSilicon On Insulator (SOI) などのシリコン系デバイスを用いたRFスイッチが主流となっており、当社もSOIのRFスイッチをリリースしております。
RFスイッチの性能指標
ここまではRFスイッチの代表的な特徴について述べさせていただきましたが、ここでは実際のRFスイッチのデータシートに記載されるような具体的なRF性能指標について簡単にご説明します。 (各指標名や説明内容は当社のデータシートの記載内容を基準としています。)
- 挿入損失 (Insertion Loss)
- RFスイッチを通過するRF信号の電力の入出力比。値が小さいほど高性能と言えます。
- アイソレーション (Isolation)
- RF信号の通過経路から他の経路に漏れる電力の比。値が大きいほど高性能と言えます。
- リターンロス (Return Loss)
- RFスイッチへの入力電力と反射電力の比。値が大きいほど高性能と言えます。VSWRで表現されることもあり、その場合は値が小さいほど高性能と言えます。
- 0.1dB圧縮時電力 (P-0.1dB)
- 線形性を示す指標の一つであり、RFスイッチへの入力電力を大きくした時に挿入損失の増加分が0.1dBとなった時の入力電力。値が大きいほど高性能と言えます。
- 高調波歪 (Harmonics)
- 線形性を示す指標の一つであり、入力信号の周波数の整数倍の周波数にそれぞれ発生する電力。値が小さいほど高性能と言えます。
- 相互変調歪 (IMD)
- 線形性を示す指標の一つであり、入力信号の周波数の整数倍の周波数にそれぞれ発生する電力。値が小さいほど高性能と言えます。
- スイッチング時間
(Switching Time) - RFスイッチの経路を切り替えた時、経路切り替えのための制御信号の入力から各経路の信号電圧が所定の範囲に収束するまでの遷移時間。当社製品のRFスイッチでは多くの場合、通過経路のRF電圧が定常状態の90%以上、もしくは切り替え前に通過経路だったRF信号電圧が定常状態の10%以下となった時と定めています。
以上、RFスイッチの機能や使用されるデバイスについて、そしてRFスイッチを選ぶ際に必要となる性能指標に関してのお話でした。
(第6回につづく)
2024年8月1日
執筆者プロフィール
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渡利 宏行
ビデオアンプ設計の経験を活かし、シリコン、GaAs問わず様々な回路知識を持ち合わせるRF回路の専門家。本コラムで触れられるRFスイッチ製品の開発にも貢献。さらに活躍の場を広げるべくLNA設計にも取り組み、先進的なRF製品を実現すべく奮闘中。
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加藤 岳
当社RFデバイスで20年以上の製品設計に従事。世界最高レベルの低雑音を実現したLNA等を開発。お客様に喜ばれる小回りの利く製品開発をモットーとして、特出した製品の創出に日々精進している。本Webコラムの代表者。