第4回 リチウムイオン電池保護回路のトラブル対策

リチウムイオン電池保護IC 連載コラム 第4回

シリーズ4回目の投稿になりますが、今回はリチウムイオン電池保護回路のトラブルについてのお話になります。今でこそリチウムイオン電池保護回路に関しては長年のノウハウが蓄積され、お客様には安心して保護ICをお使いいただくことができていると感じていますが、過去には数々の課題に直面した経験があり、そのたびに進化した製品を開発し続けてきました。今回はいくつかの具体例を示しながら、保護ICや外付け回路でどのような対策を施しているかを説明していきたいと思います。

電波ノイズに対する対策

リチウムイオン電池が大きく成長することになったアプリの一つが携帯電話です。携帯電話は本体から電波を発信し、また電波を受信しますので、携帯電話の電池パックは常に電波ノイズにさらされる環境に置かれています。リチウムイオン電池の黎明期はこの電波ノイズが保護回路の誤検出に繋がり、大きな課題となっていました。

当時過充電検出回路には検出時や復帰時に遅延回路は存在せず、過充電検出のコンパレータが反転すると20~30µsといった短い時間で出力が反転していました。このような回路ではICに電波ノイズが乗ることによってコンパレータに入力される基準電圧源や電圧センスノードが変動し、電池電圧が過充電検出電圧に至っていないにもかかわらず出力が反転してしまいます。その結果、電池電圧が満充電近くの場合には過充電検出状態となり、満充電になる以前に充電が停止されることになります。また、携帯電話の電波は方式によって決まった周期で発信されていますので、保護ICの出力がある一定周期で発振してしまうことになり、その周波数によっては最悪の場合はFETが発熱してしまい熱破壊が起こることもありました。このような不具合経験を経たのちに、保護ICの各検出回路には遅延時間を設けることが常識になりました。

電波ノイズ

<過充電検出に遅延時間がない場合>

過充電検出に遅延時間がない場合

<過充電検出に遅延時間を持たせた場合>

過充電検出に遅延時間を持たせた場合

ただ、トラブルとしては誤検出のみでは終わらず、のちに誤復帰といった課題も顕在化されます。異常充電器によって過充電を検出した電池パックでは当然のことながらその異常充電器が接続されていても充電は停止されていますが、この状態で電池パックに電波を充てると充電されてしまうといった現象が見られたのです。誤検出とは逆の誤復帰です。このような現象が起こると、過充電を検出しているにもかかわらず充電が継続され、過充電検出電圧からさらに電圧が上昇してしまい過充電状態となって危険な状況に陥ってしまいます。この問題を解決するために、過充電の復帰にも遅延時間を設けることとなりました。

<過充電復帰に遅延時間がない場合>

過充電復帰に遅延時間がない場合

<過充電復帰に遅延時間を持たせた場合>

過充電復帰に遅延時間を持たせた場合

以上のように現在の保護ICにはICとしてできうる限りのノイズ対策を施してはいますが、対電波強度は保護回路基板のレイアウトにも大きく依存してきます。電圧を監視しているVDD端子や電流を監視しているV-端子、Rsens端子などの配線を長く引き回していると、アンテナとなってノイズの影響を受けやすくなってしまいます。従って下図の赤線で示されている、保護ICと各部品との距離はできる限り短く配置していただくようにお願いしたいと思います。

保護ICと各部品との距離

★★

充電器の逆接続対策

昨今のスマートフォンやノートPCのような携帯機器は本体の中にリチウムイオン電池が内蔵されており、電池単体として取り出せない形態のアプリが多くなっていますが、過去にリチウムイオン電池を使用していたアプリは、ほとんどが電池パックとして本体から取り外しが可能となっていました。従って安全面を考慮して、電池パックとしては充電器のプラス/マイナスが逆に接続できないように機構的な工夫が施されていましたが、それでも万が一のことを考えて充電器の逆接続評価を行っていました。

当社保護ICの耐圧は30Vですが、これはトラックのバッテリー電圧である24Vにマージンを見た値を想定しています。逆充電試験も最も厳しい条件としてはこの30Vの逆接続印可を行っていました。30Vの逆接続を行うと、耐圧が低いFETを使用している場合は、FETのソース・ゲート間のショート破壊が発生し発熱・発火の危険性が生じます。これを防ぐためには、まずはFETのゲート破壊を抑えるためにFETのソース・ゲート間に保護ダイオードを接続し、ソース・ゲート間電圧をダイオードのVfでクランプします。さらにICに大電流が流れ込まないように、FETのゲートとICの端子間に電流制限抵抗を接続します。このような対策を実施することで、30Vの逆接続充電であっても発熱・発火を回避することが可能となります。

充電器の逆接続対策

前述しましたが、現在の携帯機器の多くは電池を取り出すことができず、かつ充電端子も露出されてはいないので、どこまで充電器の逆接続を考えるか、ということはありますが、万が一逆接続を想定しなければならないような場合は上記回路が対策の一例になるかと思います。

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電源投入時の動作

これは保護ICのトラブルということではないですが、保護回路と電池セルを初めて接続する時に、保護ICがどのような状態で立ち上がるかという重要な問題があり、最近でもお客様からしばしば質問を受ける事例になります。

電源投入時の保護ICの動作は、保護ICの仕様によって大きく変わってきます。何の仕様によって変わるかというと、過放電からの復帰仕様です。過放電の復帰仕様は、大きくはオートリリースタイプとラッチタイプの2つに分かれます。オートリリースタイプは単純に電池電圧の値によってのみ出力が決定され、電池電圧が過放電検出電圧以下であれば過放電を検出し出力はOFFになり、過放電復帰電圧以上になれば過放電から復帰し出力はONになります。対してラッチタイプは過放電検出後の復帰条件として、電池電圧が復帰電圧以上になっていることに加えて充電器が接続されていることが必要となります。すなわち一旦過放電を検出すると、たとえ電池電圧が復帰電圧以上になったとしても充電器を接続しない限りは復帰できません。

ではこれらの仕様の違いで電源投入時の動作はどうなるのかですが、まずオートリリースタイプの場合は、保護回路に初めて電池セルを接続すると、電池セルの電圧が過放電復帰電圧以上であれば出力は必ずONになりますので、例えばセルの平均電圧である3.7V程度のセルであれば出力は確実にON状態になり、エンドユーザーの元に届いたときに電池パックはすぐに使うことができます。しかしラッチタイプの場合は、保護回路に接続したときにセル電圧が復帰電圧以上であっても過放電検出状態で立ち上がってしまうと、一旦充電器を接続して復帰させないと、保護ICが過放電状態なので電池パックを使うことはできません。

  • <過放電オートリリースの場合>

    過放電オートリリースの場合
  • <過放電ラッチタイプの場合>

    過放電ラッチタイプの場合

過放電状態で立ち上がってしまうかどうかは、保護ICから見たVDD電圧の上昇スピードによります。保護ICが過放電状態になるには、過放電状態を検出遅延時間以上保持する必要があります。この遅延時間はICによって設定されていますが、仮に20msだとすると、ラッチタイプではVDD電圧がICの最低動作電圧から20ms以内に過放電復帰電圧以上になれば過放電検出状態にはならず、出力はONで立ち上がり、電池パックはすぐに使用することができます。
ラッチタイプで確実に出力をONで立ち上げたい、という場合は保護ICのVDDの上昇スピードがポイントとなりますので、スピードを遅らせる要因になるような容量等が接続されていないか注意が必要です。

<過放電ラッチタイプで出力ON状態で立ち上げるために>

過放電ラッチタイプで出力ON状態で立ち上げるために

★★★★

今回はお客様の評価においてトラブルとなりうる事例を3例紹介しましたが、リチウムイオン電池保護ICを使いこなすためには様々なノウハウが必要となります。我々は数多くの経験と実績を持ち合わせていますので、ご質問等ございましたらホームページを介してご遠慮なくいただければと思います。
次回はシリーズの最後となりますが、今後の保護ICはどのようになっていくのか、ポストリチウムイオン電池といった観点も含めて保護ICの未来について語っていければと思っております。

第5回につづく)

2023年2月15日公開

執筆者プロフィール

Author

藤原 明彦 (ふじわら・あきひこ)

日清紡マイクロデバイス株式会社

リチウムイオン二次電池の黎明期ともいえる1990年代から、リチウムイオン電池保護ICの企画・設計に従事し、業界内でも名が知られる存在。 現在は”電池保護ICのスペシャリスト”として、マーケティング、企画に従事し、最新の電池の動向や電池保護ICの在り方に対して、常にワールドワイドにアンテナを張り、日清紡マイクロデバイスの電池保護ICの進むべき道をリードする。