第1回 リチウムイオン電池保護ICの歴史 (前編) ~初期の機能から最新の機能まで~
今回リチウムイオン電池保護ICのコラムを連載することになりました。2021年6月から数回に分けてシリーズ掲載していきたいと思いますのでよろしくお願いいたします。
日本は2050年カーボンニュートラルの実現に向けて動き出していますが、実現のためには再生可能エネルギー技術が極めて重要になってきています。 特にリチウムイオン電池を中心とする電池技術の発展が命運を握っているといっても過言ではないのではないでしょうか。
現在では当たり前に使われている二次電池としてのリチウムイオン電池ですが、そのリチウムイオン電池の安全性を陰ながら支えている保護ICについて、第1回となる今回は、リチウムイオン電池保護ICの歴史(前編)として、保護ICが世に初めて出た初期の頃の機能から最新の機能まで、保護ICの機能がどのように変わり進歩・発展していったかをお話していきたいと思います。
一昨年にこのホームページで“リチウムイオン電池保護ICは不滅か”といったタイトルでコラムを書かせていただきました。その中で述べたことの繰り返しになる部分もあるかとは思いますが、より詳しく説明していきます。
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機能の比較、変遷
我々が1995年に初めて開発した保護ICであるRS5VGは、過充電検出機能、過放電検出機能、放電過電流検出機能(当時はショート検出機能と呼んでいました)の3つの機能しか搭載していませんでした。 特に注目すべきポイントは遅延時間です。過放電検出は外付けコンデンサによって遅延時間を設定することが可能となっており、放電過電流検出には内蔵で2ms程度の遅延時間を持たせていました。 しかし過充電検出には遅延回路を内蔵しておらず、ロジック回路の遅延のみであったため、20~30µsの遅延時間で反応していました。
当時の考え方は、過充電は危険な状態であるため、検出後はできる限り早く反応して充電経路を遮断するべきである、といったものでした。 しかしこの遅延時間がほとんどない過充電検出回路がお客様の評価の段階で大きなトラブルとなり、非常に苦労する羽目となってしまいましたが、その話は次回以降のトラブルシューティングの回で詳しくお話ししたいと思います。
★★
RS5VGの教訓を生かして改善を施した保護ICが1997年に開発したRN5VMです。 この製品は過充電検出機能に外付けコンデンサで遅延時間を設定できるようにしました。 また過放電検出機能の遅延回路は内蔵に変更し、さらに短絡検出機能を追加することで、放電時の過電流を2段階に検出させることができるようになり、0V電池への充電も可能タイプと禁止タイプを選べるようになりました。
そもそも各検出機能に遅延時間を持たせる理由は、様々なノイズによる誤動作の防止のためです。 過放電に関しては10ms~20ms程度の遅延時間を持たせれば誤動作防止になることが分かってきたので、保護ICに内蔵することとしましたが、過充電の遅延時間については動作環境によって遅延時間が秒単位で必要となるため、外付けコンデンサタイプでお客様に設定してもらうようにしました。
当時の携帯電話にはまだニッケル水素電池が使われているモデルもあり、充電回路がリチウムイオン電池とニッケル水素電池両方に対応していて、電池を識別するために大電圧が2秒ほど印可されてしまっていたので、遅延時間のTYP値としては5秒程度必要なものがありました。
短絡検出機能の追加は、RS5VGでは放電過電流の遅延時間が2ms程度でしたが、0Ωでのショートを考えたときに2msの間は大電流が流れてしまうのでFETの破壊が懸念されたため、スレッショルドをもう1段階持たせて、ショートの際に短い時間で反応することが目的でした。 短絡検出も初期の過充電の考え方と同様に検出後は早く反応させたいということで、遅延回路を付加することはしませんでした。
0V電池への充電については電池メーカーと電池を使うセットメーカーとの間でのせめぎあいがありました。 電池メーカーとしては0V近辺まで放電された電池を充電するとデンドライト*1の発生によって内部短絡を起こしてしまう恐れがあるため、0V電池への充電は禁止にしたいのですが、セットメーカーとしては充電ができなくなってしまうためユーザークレームにつながってしまうので、0Vまで放電しても充電させたいという意向がありました。
RN5VMで初めて0V電池への充電禁止タイプを開発しましたが、当時は電池メーカーにとってのお客様であるセットメーカーの声が強く、ほとんどが0V電池への充電は可能タイプであり、0V電池充電禁止はごく少数でした。 しかし現在はセットメーカーもより安全志向が強くなり、0V電池充電禁止タイプが主流になりつつあります。
*1 デンドライト:一般的に針状結晶を指しますが、ここではリチウム金属が針状結晶で析出することを指し、デンドライトが発生すると正極と負極をセル内で分離するセパレータ(分離膜)を突き破り、内部ショートを発生させて最悪の場合、電池の熱暴走を引き起こす非常に危険な状況になります。
★★★
2000年に登場したR5424Nは充電過電流検出機能を新たに搭載し、遅延時間は全て内蔵カウンターで設定させることとしました。 これによって従来必要であった遅延時間設定用の外付けコンデンサが不要となり、お客様にとっては保護回路基板のコストダウンにつながることとなりました。 一方で数秒といった過充電検出の遅延時間をテストする際の効率アップが必要となるので、テスト端子(DS端子:Delay Shorten Pin)を保護ICに設け、遅延時間を短縮させてテストができるような機能も搭載させました。
2004年のR5401Kではそのテスト端子も削除し、充電器のマイナスが接続される端子を利用してテスト端子の代わりになるようにしました。
2010年のR5472Lでは、従来のFETのオン抵抗を利用する過電流検出方法から、外付け抵抗の両端の電圧を見る過電流検出方法に変更しました。 この方法では外付け部品が増えてしまうのですが、FETのオン抵抗を利用する過電流検出ではオン抵抗が電池電圧や温度に大きく依存してしまうため、精度よく過電流検出することが困難であるのに対して、高精度な外付け抵抗を採用することで温特を含む高精度な過電流検出が可能となりました。 これ以降は徐々にではありますが外付け抵抗タイプが主流になってきています。
2013年のR5486Kには放電過電流2といった機能が搭載されます。 放電過電流が短絡検出と合わせると3段階になり、より細かく過電流を検出できるようになりました。これらの3段階は検出時の電流値が異なるのと同時に、遅延時間が大きく異なります。 例えば放電過電流1は5秒、放電過電流2は12ms、短絡検出は250µsといったように、検出遅延時間をレンジで2桁変えています。
2016年のR5611Lでは外部から保護ICをコントロールする機能としてリセット端子を追加し、この端子を“H”にすることで充電側も放電側もFETをOFFさせてシステムとしてリセットさせることができるようにしました。
2017年のR5441Zには温度保護機能を搭載させました。 外付けサーミスタを利用して温度を監視し、高温時に充放電用FETをOFFさせることができます。また充電用FETと放電用FETの制御温度は個別に設定することが可能となっています。
2019年のR5445Zにはコントロール機能としてスタンバイ端子を搭載し、この端子を“L”にすることによって保護ICを強制的にスタンバイに入れることが可能となり、消費電流をほぼゼロにすることができるようにしました。 この機能は電池パック製造後エンドユーザーにいきわたるまでに長期間、例えば倉庫に眠っているようなときに、保護ICの消費電流で電池の容量が減らないようにすることができます。
またR5445ZはHigh SideのNMOS FETを駆動できるタイプにしています。 これには従来の1セルでは充放電FETはLow Sideが一般的だったのですが、High Sideにすることにより電池パックとシステムとの間のグランドラインが遮断されることがなくなり、FETがOFFでも外部電源などによってシステムとの通信がしやすくなるというメリットがあります。
★★★★
表1に機能の移り変わりをまとめてみました。
表1 機能の移り変わり
1995年 | 1997年 | 2000年 | 2004年 | 2010年 | 2013年 | 2016年 | 2017年 | 2019年 | |
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製品名 | RS5VG | RN5VM | R5424N | R5401K | R5472L | R5486K | R5611L | R5441Z | R5445Z |
過充電検出機能 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 |
過充電検出遅延時間 | - | 外付けC* | 内蔵* | 内蔵 | 内蔵 | 内蔵 | 内蔵 | 内蔵 | 内蔵 |
過放電検出機能 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 |
過放電検出遅延時間 | 外付けC | 内蔵* | 内蔵 | 内蔵 | 内蔵 | 内蔵 | 内蔵 | 内蔵 | 内蔵 |
放電過電流検出機能1 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 |
放電過電流検出遅延時間1 | 内蔵 | 内蔵 | 内蔵 | 内蔵 | 内蔵 | 内蔵 | 内蔵 | 内蔵 | 内蔵 |
放電過電流検出機能2 | - | - | - | - | - | 〇* | 〇 | - | - |
放電過電流検出遅延時間2 | - | - | - | - | - | 内蔵* | 内蔵 | - | - |
充電過電流検出機能 | - | - | 〇* | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 |
充電過電流検出遅延時間 | - | - | 内蔵* | 内蔵 | 内蔵 | 内蔵 | 内蔵 | 内蔵 | 内蔵 |
短絡検出機能 | - | 〇* | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 |
短絡検出遅延時間 | - | - | 内蔵* | 内蔵 | 内蔵 | 内蔵 | 内蔵 | 内蔵 | 内蔵 |
FETsense/外付けRsense | FET | FET | FET | FET | 外付けR* | 外付けR | 外付けR | 外付けR | 外付けR |
0V電池充電可/不可 | 可のみ | 可/不可* | 可/不可 | 可のみ | 不可のみ | 不可のみ | 可のみ | 可/不可 | 不可のみ |
遅延短縮機能 | - | - | DS端子* | 内蔵* | 内蔵 | 内蔵 | 内蔵 | 内蔵 | 内蔵 |
温度保護機能 | - | - | - | - | - | - | - | 高温充放電* | 高温充放電 |
CTL機能 | - | - | - | - | - | - | リセット* | - | スタンバイ* |
FET制御 | Low Side | Low Side | Low Side | Low Side | Low Side | Low Side | Low Side | Low Side | High Side |
* 開発時の新機能
以上のようにこの20年余りで様々な機能が追加されるようになりました。今後もリチウムイオン電池をより安全に効率よく使うために機能の発展は続いていくものと考えています。
(後編につづく)
2021年6月28日公開
連載コラム
リチウムイオン電池保護ICは不滅か
執筆者プロフィール
藤原 明彦 (ふじわら・あきひこ)
日清紡マイクロデバイス株式会社
リチウムイオン二次電池の黎明期ともいえる1990年代から、リチウムイオン電池保護ICの企画・設計に従事し、業界内でも名が知られる存在。 現在は”電池保護ICのスペシャリスト”として、マーケティング、企画に従事し、最新の電池の動向や電池保護ICの在り方に対して、常にワールドワイドにアンテナを張り、日清紡マイクロデバイスの電池保護ICの進むべき道をリードする。