第5回 (最終回) リチウムイオン電池保護ICの未来

リチウムイオン電池保護IC 連載コラム 第5回

前回から少し時間が空いてしまいましたが、シリーズ最終回となります今回は「リチウムイオン電池保護ICの未来」と題して、最近の保護ICのトレンドから今後の機能・性能、及びポストリチウムイオン電池における保護回路の在り方などをお話ししていきたいと思います。

未だに潜むリチウムイオン電池の危険性と保護回路の変化

リチウムイオン電池が市場に出てから30年が経過しましたが、相も変わらずリチウムイオン電池の発火事故は絶えることはありません。
今年の5月には街中を走る電動アシスト自転車の電池が発火して自転車ごと焼けてしまう事故が発生し、大きくニュースで取り上げられていました。この事故では純正ではないバッテリーを使用していたことに原因があったようですが、このようなバッテリーの中には粗悪なものがある可能性がありますので注意が必要です。また8月にも電車内でワイヤレスイヤホンの充電ケースから発火するといった事故報道がありました。車内の座席の前後を入れ替えようと背もたれを動かした際に充電ケースとともに中のバッテリーが押しつぶされたことが原因のようでした。

電池メーカーでは電池セルの圧壊試験などを行ってはいますが、この事故のように圧壊によって発火してしまう電池セルも市場には出回っているのが事実です。国内におけるバッテリーの安全に関する法規制は2008年の電安法改正からは大きな変更はありませんが、国際的にはIECの安全規格アップデートなどでホームアプライアンス向けの規格が厳しくなるといったような変化は現れています。

では保護回路の視点からはどのような変化が見られているのでしょうか。

過去10年程度の保護回路の動向を見てみると、保護ICの2個使いが増えてきました。ノートPCのバッテリーなどはリチウムイオン電池採用当初からメインの保護ICと過充電保護機能のみを搭載したいわゆる2ndプロテクションICの二重保護を施していましたが、携帯電話は長きにわたって保護ICは1個使いでした。しかし大手スマートフォンメーカーがより安全性に配慮して、保護ICの2個使いによる二重保護を採用してからは各社が追随し、現在ではスマートフォンにおける保護ICの2個使いは極めて一般的となっています。またスマートフォンのバッテリーにおいてはフィーチャーフォンの時代には搭載されていなかった温度保護機能付きの保護ICを採用するケースもあり、安全機能をさらに充実させようといった流れになっています。

★★

10年後のリチウムイオン電池保護ICの機能と性能の展望

ではこの先10年で保護ICの機能や性能はどうなっていくのでしょうか。
正直言って現在の保護ICはかなり洗練されたものとなっています。機能的な面では今後は大きな機能追加などの変化はないのではないでしょうか。バッテリー監視のためのパラメータとしては、電圧、電流、温度が3大要素であり、あとは細かい機能の組み合わせで構成されていますので、保護ICを供給する立場としてはいかに効率よく機能を組み合わせるかが課題としてあるとは思います。

一方性能的な面ではどうでしょうか。例えば過充電保護や過電流保護の高精度化はまだまだ進むと思われます。より安全マージンを確保するために、過充電保護に関しては車載製品で実現されているような±10mV以下の精度が民生品向けとしても標準的な値となる日は近いかもしれません。また近年はウェアラブル機器の普及とともに、小容量のリチウムイオン電池が使われるケースが多く見受けられますので、低消費電流もキーワードとなります。さらなる低消費電流を実現した製品が出てくることも考えられます。

★★★

全固体電池などのポストリチウムイオン電池に保護回路は必要か?

さて、今までいわゆるリチウムイオン電池の保護ICについて話を進めてきましたが、最後にポストリチウムイオン電池について少し考えてみたいと思います。次世代電池としてポストリチウムイオン電池となるべく電池の開発は日々進展しています。
ポストリチウムイオン電池として最も注目されているのは全固体電池ですが、全固体電池の保護回路はどうなるのでしょうか。結論から申し上げますと、従来のリチウムイオン電池で採用されている保護機能から大きく変わることはないと思われます。

全固体電池は固体電解質が燃えにくく高い安全性を有している、と様々なシチュエーションで聞き及ぶことが多いですが、では保護回路は不要になるのかとの疑問に対しては、不要であるといった回答を聞いたことがありません。電解質が液体から固体に変わっても過充電時にデンドライトは成長すると言われていますので、内部ショートのリスクは存在します。また過放電においての劣化の懸念もありますし、短絡電流などの過電流が流れた時の電池セルや保護回路基板の発熱・発火の危険性も拭い去ることはできません。
温度に関しては液系リチウムイオン電池と比較して動作可能温度範囲は広いのですが、使用される材料によって動作可能な温度レンジは異なりますので、液系と比較して、また材料によって設定温度は異なりますが、温度保護機能も必要であるといった声も聞こえています。従って各機能の設定値などは異なることにはなり多少のマイナーチェンジは必要かもしれませんが、ほぼ現在のリチウムイオン電池用保護ICをベースにした使い方が可能ではないかと考えています。

※デンドライト:リチウム金属が針状結晶で析出すること。詳細は第一回コラム参照

全固体電池以外のポストリチウムイオン電池としては、ナトリウムイオン電池、カリウムイオン電池、マグネシウム二次電池、金属空気電池など様々な二次電池が開発されております。リチウムイオン電池の出現によって、電池パックの中に保護回路を入れるといった考え方が定着されましたが、今後出てくるであろう全固体電池以外の新型電池においても、少しでも安全性が危惧されるような電池であれば、電池セル自体の安全対策のみならず保護回路の併用は必ずなされていくと思われます。

このように考えていくと、これからも二次電池における保護回路がなくなることはなく、同様に保護ICと呼ばれているICもなくなることはないと思います。二次電池は使い方や状態によっては危険なものであり、安全に使用していくためには電池セルの安全対策も必要ですが回路による電気的な対策もなくてはならないと考えます。もはや保護ICと二次電池は切っても切れない関係になっています。このコラムのシリーズが始まる前に投稿した「保護ICは不滅か」の問いかけの再度の答えになりますが、二次電池が存在する限り保護ICがなくなることはないと、現時点では思っております。

★★★★

最後に

シリーズ5回のコラムの最終回となりましたが、最後まで読んでいただきありがとうございました。
これからも日清紡マイクロデバイスの保護ICはシンカ(深化・進化・新化)し続けますので、電池の保護に関するご相談があれば、是非お声掛けいただければ必ずお役に立つことができると思います。今後とも日清紡マイクロデバイスをよろしくお願いいたします。

2023年12月11日公開

執筆者プロフィール

Author

藤原 明彦 (ふじわら・あきひこ)

日清紡マイクロデバイス株式会社

リチウムイオン二次電池の黎明期ともいえる1990年代から、リチウムイオン電池保護ICの企画・設計に従事し、業界内でも名が知られる存在。 現在は”電池保護ICのスペシャリスト”として、マーケティング、企画に従事し、最新の電池の動向や電池保護ICの在り方に対して、常にワールドワイドにアンテナを張り、日清紡マイクロデバイスの電池保護ICの進むべき道をリードする。