オペアンプ・コンパレータの高EMC性能
はじめに
近年、携帯電話、スマートフォンをはじめ、無線通信機能を備える電子機器の普及により、電子回路が様々な電波にさらされる機会が増えてきています。中でも電磁波干渉エミッション (EMI : electromagnetic interference) による電子回路の誤動作が大きな問題となってきています。特に人命に関わる様な所 (たとえば航空機や自動車) ではエミッション (EMI) による誤動作は起きてはならない現象です。
オペアンプ・コンパレータのような電子回路部品の多くは動作周波数帯域外の高周波妨害信号 (以下、RF信号と表記) に対して特別な対策を施しておらず、RF信号により誤動作を引き起こしてしまう可能性があります。このような環境の中、RF信号に対する耐性が強い電子部品が求められており、当社ではRF信号 (数百MHz~数GHz) に対する耐性を強化したオペアンプ・コンパレータをリリースしております。
本アプリケーションノートでは、エミッション (EMI) がオペアンプ・コンパレータに与える影響および、高EMC性能を示す指標であるEMIRRについて記載しています。
エミッション (EMI) が与える影響
オペアンプ・コンパレータ (以下:デバイスと表記) の動作帯域を超えるRF信号がオペアンプに印加されるとデバイスの持つ非線形作用によりDC入力オフセット電圧が変動し、出力で観察されることがあります。図1は簡易アンテナにてオペアンプの実装基板にRF信号を照射したもので、RF信号がONの期間にオペアンプの出力が変動していることがわかります。図2では電圧検出回路を構成したコンパレータにRF信号を入力したもので、RF信号がコンパレータに入力されると、DC入力オフセット電圧が変動することにより検出電圧の閾値が変動していることがわかります。
本稿では本現象をオフセット電圧シフトと呼びます。このオフセット電圧シフトが電子機器の誤動作を引き起こしてしまう可能性があります。
RF信号はデバイスへ伝搬し、オフセット電圧シフトを引き起こしてしまいます。その経路としてはPCBパターン、ケーブル、ICの端子、またはパッケージ内部のボンディングワイヤー等が考えられますが、数百MHz~数GHzの波長は数cmから数十cm程度であり、ICの端子長及びボンディングワイヤー長の数mmに対して長いため、数GHz以下のRF信号の影響は受けにくく、一般的にはPCBパターン、ケーブル等がアンテナとなりデバイスの各端子へと到達し、オフセット電圧シフトを生じているといえます。
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図1. RF信号によるオペアンプのオフセット電圧シフト
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図2. RF信号によるコンパレータのオフセット電圧シフト
EMIRR (EMI Rejection Ratio) の定義
EMIRRは、デバイスの高EMC性能を示す指標であり、印加するRF信号振幅と入力オフセット電圧シフト量を、以下の式(1)で表したものです。デバイスに印加するRF信号とオフセット電圧シフト量の関係を測定することにより、RF信号の耐性を把握することができます。EMIRRの値が大きいほど、オフセット電圧シフト量が小さく、RF信号に対する耐性が高いことがわかります。なお、RF信号による入力オフセット電圧シフトは入力端子へ印加される影響が支配的であるという考えから、通常、EMIRRの値は+IN端子へRF信号を印加した時の値となります。
VRF_PEAK :RF信号振幅 [ VP ]
ΔVIO :入力オフセット電圧シフト量 [ V ]
EMIRR測定方法
図3にオペアンプにおける測定回路を示します。 コンパレータの場合はNULLアンプを追加して入力オフセット電圧を測定します。数GHzの高周波信号を扱うため、シグナルジェネレーターとテスト基板の接続には高周波用のSMA同軸ケーブル・コネクタを使用し、テスト基板はマイクロストリップラインによりIC直近までRF信号を伝送します。+IN端子には50Ωの終端抵抗を接続し、シグナルジェネレーターおよびSMAケーブルの特性インピーダンスに整合させます。この終端抵抗はオペアンプのDCバイアスを供給する役割も兼ねています。また、電圧計がRF信号の影響を受けないように、出力端子と電圧計間にはローパス・フィルターを挿入します。RF信号振幅VRF_PEAKは100mVP、電圧利得GVは101倍とします。
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EMIRRは、以下4つのステップにより測定します。
- キャリブレーション
- 無信号時の入力オフセット電圧VIO1を測定
- RF 信号を印加して入力オフセット電圧VIO2を測定
- |ΔVIO|=|VIO2-VIO1|よりEMIRRを算出
測定機器
- ネットワークアナライザー
- シグナルジェネレーター
- デジタルマルチメーター
- DC電源
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図3. 測定回路
1. キャリブレーション
測定では広い周波数範囲でRF信号をスイープします。テスト基板ではマイクロストリップラインで信号を伝送しますが、低周波から高周波までのインピーダンスを完全に50Ωに整合させるのは困難です。そのため、定量的な測定にはキャリブレーションにより、RF信号の入力レベルを補正する必要があります。当社では図4に示しますように、オペアンプ・コンパレータ未実装状態*1での基板インピーダンスZLを、ネットワークアナライザーで測定することにより入力RF信号の補正量を決定しています。
図4. ZL測定回路
図4の測定で得られたZLよりVRF_PEAK=100mVPとなるよう周波数毎にシグナルジェネレーターの出力電圧VSGの設定値を決定します。VSGはシグナルジェネレーターの出力インピーダンス ZO=50Ωより式(2)のように決定します。
(*1) デバイスを実装しますと、特に高周波帯においては入力インピーダンスの影響により、RF印加電圧が変動してしまいます。入力インピーダンスによるRF印加信号の変動は、高EMC性能に含まれるという考えから、この変動分のRF信号レベルは補正しておりません。
2. 無信号時の入力オフセット電圧VIOを測定
図5より無信号時の出力電圧VO1を測定し、入力オフセット電圧VIO1へ換算します。 GV=101より、
図5. オフセット電圧測定回路
3. RF信号を印加して入力オフセット電圧VIO2を測定
1.で測定したZLより、周波数毎に算出したRF信号を入力し、出力電圧VO2を測定します。ここで、式(3)同様に入力オフセット電圧VIO2へ換算します。
4. |ΔVIO|=|VIO2-VIO1|よりEMIRRを算出
VIO1、VIO2を式(1)に代入しEMIRRを算出します。